My Fairy Lady Part4

手術室へ運ばれる前、レディは何度も私の方を振り向いた。看護婦さん(3名)と先生陣(3名)に連れられて、手術台の上に乗せられ、(何と呼ぶかは知らないが)のぞき窓のような所から覗いている、頼り無い飼い主&飼い主の保護者を交互に見つめ、彼女は呆気無く眠りにおちた。

私は見ていられず、外を散歩してくる、と言い残し、レディの首輪とネックレス、そしてリードを握りしめ、病院の周りを散策した。

妖精のように、動くぬいぐるみのように、大きなハムスターのように・・・いつも彼女は私の側にいた。
あまりにも臆病で、育て方を間違ったか、と思った頃もあったが、常に大人しく、お利口で、そのくせ愛嬌があって、誰からも愛される正真正銘の『レディー』に育った。

散歩が嫌いで、犬が嫌いで、おっさんらしいおっさんが嫌いで、集金屋が嫌いで、以前のアトリエの大家さんが嫌いで、バイクの音が嫌いで、虫が嫌いで、レタスが嫌い。
ドライブが好きで、海が好きで、風が好きで、お風呂が好きで、コタツが好きで、ソファが好きで、熊のぬいぐるみが好きで、猫が好きで、女好きで、イイ男好きで、きゅうりが好きで、にんじんが好きで、何よりもビールが好き。

パパから貰ったネックレスを首にかけてやると、何でだか知らないが妙に喜んだ。
服を着せると、固まるくせに、『可愛い〜』という一言で納得する、ナルシスト。
犬も歩けば棒に当たる。レディ歩けば溝にハマる。

大きなイビキ。歯ぎしり。寝言。彼女の寝床を違う部屋へ移したのは、私達が寝不足になったから。
フリスピーを習わせたかったのに、口は固く結ばれたまま、手で鬱陶しそうに叩き落とす姿は、公園中で笑いの種になった。

乳癌や子宮癌になりにくくなる、と聞いて無理矢理彼女に子供を産ませた。
「犬の中でも特にキャバリアは安産だから、知らない内に産んでますよ」と聞いていたのに、彼女が出産したのは、私の膝の上だった。朝方、壮絶な出産現場では、どっちが出産したのか分らない程、私は血だらけでグッタリしていた。

『ごめん、短い命なのに、2度も痛い思いさせて・・・』
私には、それが1番悔やまれてならなかった。

私が病院に戻った頃、もう手術は終盤に差し掛かっていた。
母は、まじまじとその経過を眺めていたようで、事細かに説明してくれたが、私の中ではまだ、彼女を辿る想い出が溢れ出てきて、母の声は宙に浮いたままだった。

私は黙々と作業を始めた。術後しばらくは、麻酔で眠っている。そう聞いていたので、大きな箱型のゲージを運び込み、寝かせやすいように、と上蓋を外す。バスタオルで段差を付け、仰向けでも寝やすい形に整える。「起きますように」と祈りながら下を向いていると、溢れる涙が留まらない。

「終わったみたいよ!」母が私を呼びにくる。
腫瘍は2ケ所あった。2つめの縫合が終わると、先生方は消毒をしたり、片付けを始めた。酸素マスクをほんの少し外すと、レディは突然眼を覚まし、「何じゃい!?」とばかりに、飛び起きた。
「うそ!? もう起きた!!」慌てる先生達は、もう一度レディを取り押さえ、口に酸素マスクをはめ、私の方を見て苦笑いをされた。
私と母は、呆気に取られながらも、お互いの顔を見て、歓喜の声をあげた。

ようやく全てが終わり、酸素マスクを再度外されたレディは、先生の腕の中でキョロキョロと辺りを見渡し、そこに私と母が居る事を確認し、尻尾を振った。
「ほぉ〜、すごいなぁ〜! もう尻尾振ってるよ・・・元気な子だ」
先生の言葉に、全身の力が抜け落ち、レディに差し出す手が、別の意味で震えているのが、自分でも可笑しくてしかたなかった。

レディは見事生還した。
先生の手からジャンプして、私の腕の中に飛び込んで来たレディと、準備万端整ったゲージを、私はちょっと照れくさく感じながら、先生に感謝の念を述べた。

つづく

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