Phot by Nao

Timing

“好機逸すべからず”
“待てば甘露の日和あり”

             

「面白い仕事の話があるんだけど・・・」
珍しい相手から突然電話がかかり、唐突に発せられるこの言葉。
私はこのようなシチュエーションに、苦い思い出があった。

誰かが“面白い”という話が、本当に面白いということは滅多にない。
特に仕事の話となれば、尚更だ。
第一、何かを“面白い”と思うのは、主観的な問題だ。
私は暫く沈黙した。

「どうだ? やってみる気ない?」
知能指数の高い人、というのは、どうしてこうも見えない話し方をするのだろう。

「まずは、どんな仕事なのか話してもらわないと・・・」
しかし、そうは言っても、必死で聞いて、言わんとすることを自ら汲み取らないと、話はいつまでたっても読めないままだ。

突然電話してきたのは、私の実の兄で、お金儲けに関しては、唯一父の頭脳を受け継いでいる、と思われるやり手である。

彼の話を聞きながら、私は唸るしかできなかった。
このところ、お金に見放された生活をしている私にとって、喉から手が出る程欲しかった『お金儲け』の話だ。
しかし、それはある意味、私の望むべきものではなかった。
お金よりも欲しいもの。
自由と共に欲しいもの。
物欲ではなく自己満足。

私は良く考えた結果、夜中に電話をし直し、丁重にお断りをした。

「俺はおまえが羨ましいよ、お金より夢、名声より自己満足、おれだってそんな生き方してみたい」
私は草々に電話を切った。
泣いている事を悟られたくなかった。
兄が必死で生きてきた事を、私は解っているつもりだった。
しかし、彼の人生は私の想像を遥かに上回る苦難の道のりのようだった。

私を見て、ある人がこう言った。
「自画自賛・・・いや、自画絶賛」と・・・

私は自画絶賛をしている時の自分が好きだ。
自分を少しでも好きだと思いたいが為に、私は何かにこだわり続けている。



「面白い話があるんだ・・・」
カナダから一時帰国した友人が、私達夫婦に話を持ちかけたのは約7年前だった。
とある米国企業の日本進出プロジェクトチームに参加しないか、という話だった。
私達は、彼の言葉を信用しなかったわけではない。
ただ、恐かった。
ただ違う水に飛び込む勇気がなかった。
張り巡らされた蜘蛛の巣を前に、立ち往生してしまう小さな虫けらのように、人生の賭けに出る勇気がなかった。

当時、自分の進むべき道を模索していた私達にとって、それは大きな転機だった。
しかし、何となく近い未来を想像し、先に進む決心をしつつあった私は、その賭けに出る事を拒んでしまった。
自分には、今いる世界での夢と未来がある、頑にそう信じていた。



彼の“面白い話”にハズレはなく、その企業は功を奏し、全国200店鋪を超える、大形チェーン店となった。
『あの時、私は大きなチャンスを逃してしまったのかもしれない』
その店の前を通る度、その店を訪れる度、その店がテレビや映画に映る度、私は複雑な思いに駆られてしまう。
現実問題、私達だから、そのビッグドリーム話を持ちかけられたのではなく、ただプロジェクトリーダーと私達の友達が友達になった、というだけの話だった。

しかしどんな形で、どんな幸運が舞い込んでくるか分かったもんじゃない。
チャンスを逃さぬよういつもアンテナを張り巡らせておかなければ、どんなチャンスも目の前をただ通過していってしまう。

そして、丁度目の前に来た時に、全ての勇気を振り絞って食らい付かなければ、ビッグドリームは知らない誰かの“人生の軌跡”になってしまう。

蜘蛛の巣に引っ掛かり、誰かが助けてくれるまでもがき続ける人生も、それはそれで“面白い話”になるのかもしれない。



兄の残念そうな声が、耳の奥で呼応する。
私の出した結論は正しかったのだろうか・・・
返答は尚早過ぎはしなかったろうか・・・
あの時のように・・・

その迷いはきっと消える。
自画絶賛し、ワインを飲みながらレディと踊る日が再度訪れた時、きっと・・・


All Rights Reserved(c)2002 by Nao.R-midnight.jp
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送