私が仕事を始めると、彼女のイライラ期が始まる。
彼女のお利口なところは、私の創ったものに決して触れないところだ。
それは子供の頃からそうだった。
特に教えたわけではなく、いつも上手に避けて通って行く。
とにかくいつも一緒。
でも、忙しい時なんかは、ほとんど相手もしてやれず、彼女の居場所を作品が占領することもざらにあった。
朝から朝まで、気が付くと何日も過ぎていた・・・と言う時なんかは、彼女の手首はボロボロになる。
イライラするから、自分で自分の手首を噛み続けるのだ。
そんな彼女を見て、私も泣きそうになるが、泣いていても仕事は終わらない。
シカトするわけではないが、かなり私も苛立っている。
見なかった振りをして、仕事に戻る。
そんな一人と一匹の、不公平な共同生活にも、一度だけヒビが入りそうになったことがある。
とにかく忙しくて、とにかくイライラしていた。
レディのイライラも、そろそろ限界にきていた。
彼女のボウルに餌を入れ、また仕事へ戻る。
彼女はしょっちゅう、私の側へ来ては寂し気に私を呼んだ。
「ね〜、お散歩連れてってよ・・・」
「ね〜、相手してよ・・・」
「ね〜〜〜」
側に座り、私の脚や背中を片手でカリカリっと掻く。
わかっちゃいるけど、休めない。
「わぁ〜かったから・・・」
そう言いながらも、依然ろくろに向かう私に、とうとう彼女が爆発したのだ。
「ううぅっ・・・」
と唸りながら後ずさりをした。
『もしかして、あやつ・・・』
お尻振り振り作品の上を練り歩くレディの姿が、脳裏にちらつく。
気持ちが集中できていない時は、ろくろが振れる。
結局無駄な時間になってしまうが、その時の私には無駄な時間を過ごしている暇がなかった。
「お願いだからレディ!・・・あと一週間我慢してよ・・・私だって泣きそうなんだから・・・」
声を荒立てた。
その声を聞いて、レディも躊躇したのか、もう一度か細い声で私を呼んだ。
しかし依然ろくろと格闘している私に何かが打ち当たってきたのだ。
精神的にも体力的にもフラフラだった私は、物の見事にろくろの上で長く伸びている土に顔面を突っ込んだ。
振り返るとそこにレディの姿はなく、何処かに隠れていたようだが、私の背後に所狭しと並べられた、触れたら歪む程の生の作品が並べられていた事を思い出し、背筋が凍り付いた。
私は慌てて立ち上がり、一つ一つを調べて廻る。
助走の為にスタンバイしたスタート地点から、私の背中に特攻してくる道のり、作品に触れないでやってくるのは、容易ではなかったはずだ。
きっと、床に並べられた作品に片足を軽くつけるだけで、私はきっとぶっ倒れるだろう。
しかし、どれ一つとして、長い尻尾すら触れた様子がない。
まず、泥だらけの顔を洗い。 私はろくろのスイッチをオフにした。
机の影に身を隠したレディを引っ張りだし、破裂する程に抱き締めながら、彼女の生命を想った。
たった十数年と限られた生命。
私にとってはたかが数カ月でも、彼女にとっては・・・
「帰ろっか・・・」
私は彼女を抱っこしたまま、車に乗り込んだ。
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