Phot: Lady's baby

母の夢

実家へ帰ると、3歳になるレディの息子が出迎えてくれる。母と分かってか、それとも雄としてか、異様な歓迎振りを見せてくれるが、レディは少々鬱陶しそうにしている。

今から3年前、早く孫の顔を見せろ、とうるさい母に「ほれ、孫よ!」と連れ帰ったのが、ハムスターの様な犬の赤ちゃんだった。

「早く孫を抱かせろ、と言ったら、自分の愛犬に子供を産ませた」
しばらくは避難轟々だったが、今では実の息子のように可愛がっているので、まぁ良かろう・・・

「ロンちゃ〜〜ん♪」
レディの息子を呼ぶ母の声は、いつでも猫なで声だ。
「ロンちゃん死んだら、お母さんも死んじゃうゎ」
何てことを言うのだ、と怒ることもあるが、その気持ちは分らなくもない。

レディは、大好きなおばあちゃんを自分の息子にとられてしまって、かなり不服だろうが、それでも実家に帰っている間中、母にべったり甘える事を未だに止めない。

私が目覚める頃、我が家の表で早朝ミーティングが行われる。
メンバーはご近所さん&家の前を通る犬仲間だ。
いつ倒れるやも知れぬ母が、外をうろちょろする事に私は大反対だが、それが母の愉しみなら仕方なかろう。
私は窓を開け、一部始終を盗み聞きしている。

「あら、レディちゃん・・・お嬢ちゃん帰ってきてるのね!? 後でケーキでも届けるわ♪」
この歳になって、お嬢ちゃんという呼ばれ方に少々抵抗はあるが、同じだけ歳をとるのだから、おばちゃま達にとっていつまでも私がお嬢ちゃんであることは変わらないのだろう。斯く言う私も、70過ぎたおばあちゃんを未だにおばさん、と呼んでいるのだし・・・

彼女達の周りを、数匹の犬達が駆け回る。
車が通る度に、自分の愛犬を呼ぶ声が響き渡る。
それがこの街での『朝の風景』なのだろう。

小1時間程のミーティングが終わると、母は戻ってくる。
私は慌てて窓を閉め、今起きたばかりよ、とコーヒーを入れる。
何も見ていないし、何も聞いていない。

でも、私は知っている。
母の胸の中にある願い。

立派に成長したレディの息子を見ながら、私は3年前を思い出す。

片手で差し出した“ハムスター” 母は、受け取る事もせず、ただまじまじと眺めていた。
豆鉄砲を喰らった鳩の顔を、未だかつて見た事はないが、きっとああいう顔を例えた言葉だと、私は思う。
「おまえ、ハムスター飼ってるの?」
仕事帰りの兄の一声がその空気を破るまで、長い長い沈黙が我々を包み込んでいた。

「私が欲しかったのは、人間の赤ちゃんだったのに・・・」

親不孝者、と罵られた日から、早3年。
今ではすっかり笑い話になっているが、母の切望は消えないらしい。

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